村上厚雄461展2008(04)
今回の出品作品
久保小学校Ⅰ 350× 500 画用紙 水彩
たそがれ 235× 345 画用紙 水彩
二の舞(書) 810× 305 和紙 墨
時を刻んで 1150×1150 画用紙 銀粉、水彩
スタリングラードと窓 885× 685 ( コラージュ )
裸婦 Ⅰ 340× 495 画用紙 水彩
海との出会い 1555×1455 キャンバス 油彩
裸婦 Ⅲ 220× 300 画用紙 水彩
裸婦 Ⅳ 220× 300 画用紙 水彩
裸婦 Ⅱ 220× 300 画用紙 水彩
尾道久保小付近 220× 300 画用紙 水彩
尾道水道・冬 185× 280 画用紙 水彩
海辺の町 235× 270 画用紙 水彩
尾道水道 220× 300 画用紙 水彩
干潟 220× 300 画用紙 水彩
松林 Ⅰ 220× 300 画用紙 水彩
夏の草 Ⅱ 55× 90 画用紙 水彩
松林 Ⅲ 80× 120 画用紙 水彩
久保小学校 Ⅱ 350× 595 画用紙 水彩
与島 260× 230 色紙 水彩
海との出会い 260× 230 色紙 水彩
夏 260× 230 色紙 水彩
画家の妻たち(絵と文) 260× 230 色紙 水彩
夏の草 Ⅲ 95× 135 画用紙 水彩
松林 Ⅱ 220× 300 画用紙 水彩
(「仏は常に」 800× 310 紙 墨 )
梁塵秘抄より
梁塵秘抄の歌、「仏は常に在せねど現ならぬぞあわれなる人の音せぬ暁にほのかに夢の見えたまう」の書を私が、お預かりすることになった。開会第一日目には、「時を刻んで」の下のテーブルにさりげなく展示されていたが、途中から会場の片隅に置かれていた。会場に置かれていた無徳斎雑(VOL 99)には、「人の音せぬ暁に」の部分が、「人の声せぬ暁に」となっている。まぁ、同じことか?
最終日、村上さんに「もしよければ、もらってくれないか。」と言われ、有り難く頂戴することにした。 私は自転車が好きで、最近は美容と健康のために1日5kmから10km走っているが、ビンテッジ・バイクの本にこんなことが書い人が居た。『ビンテッジ・バイクを入手したが自分の物とは思っていない。自分が死んだ後は、また誰かに楽しんでいただく。その間だけ自分がお預かりしているのだ。』と。つまり、価値ある芸術的(※)財産を所有すると言うことはそれを守り伝える義務を負うことであると。
運慶の彫刻が合衆国のオークションで個人に落札されたニュースに接してある仏像研究家がこんなことを言っていた。『海外に流出したと騒ぐ人が居るが、別にそれは構わない。ただ、個人で秘蔵し見たいときに見ることが出来ないようでは困る。』と。
私は何人かの作品をお預かりしているが、見たい人にはお見せするし、作者が回顧展その他の必要で貸せと言われれば、歓んでお返しします。とこれが、芸術作品に対する尊敬だと思っている。
このブログの読者!
最終日に会場で、このブログの読者にお会いできた。数少ない読者だが、声をかけて頂いてとても嬉しかった。そして、とても素敵な絵画愛好家!しかも、このブログに写真が載っている!(2008/09/21の記事の中。孔雀荘で村上さんと話している写真、後ろ姿で残念)。どのようにして私のブログに辿り着かれてか聞くと、「村上厚雄」がキーワードとのこと!
久保小学校Ⅰ 350× 500 画用紙 水彩
たそがれ 235× 345 画用紙 水彩
二の舞(書) 810× 305 和紙 墨
時を刻んで 1150×1150 画用紙 銀粉、水彩
スタリングラードと窓 885× 685 ( コラージュ )
裸婦 Ⅰ 340× 495 画用紙 水彩
海との出会い 1555×1455 キャンバス 油彩
裸婦 Ⅲ 220× 300 画用紙 水彩
裸婦 Ⅳ 220× 300 画用紙 水彩
裸婦 Ⅱ 220× 300 画用紙 水彩
尾道久保小付近 220× 300 画用紙 水彩
尾道水道・冬 185× 280 画用紙 水彩
海辺の町 235× 270 画用紙 水彩
尾道水道 220× 300 画用紙 水彩
干潟 220× 300 画用紙 水彩
松林 Ⅰ 220× 300 画用紙 水彩
夏の草 Ⅱ 55× 90 画用紙 水彩
松林 Ⅲ 80× 120 画用紙 水彩
久保小学校 Ⅱ 350× 595 画用紙 水彩
与島 260× 230 色紙 水彩
海との出会い 260× 230 色紙 水彩
夏 260× 230 色紙 水彩
画家の妻たち(絵と文) 260× 230 色紙 水彩
夏の草 Ⅲ 95× 135 画用紙 水彩
松林 Ⅱ 220× 300 画用紙 水彩
(「仏は常に」 800× 310 紙 墨 )
梁塵秘抄より
梁塵秘抄の歌、「仏は常に在せねど現ならぬぞあわれなる人の音せぬ暁にほのかに夢の見えたまう」の書を私が、お預かりすることになった。開会第一日目には、「時を刻んで」の下のテーブルにさりげなく展示されていたが、途中から会場の片隅に置かれていた。会場に置かれていた無徳斎雑(VOL 99)には、「人の音せぬ暁に」の部分が、「人の声せぬ暁に」となっている。まぁ、同じことか?
最終日、村上さんに「もしよければ、もらってくれないか。」と言われ、有り難く頂戴することにした。 私は自転車が好きで、最近は美容と健康のために1日5kmから10km走っているが、ビンテッジ・バイクの本にこんなことが書い人が居た。『ビンテッジ・バイクを入手したが自分の物とは思っていない。自分が死んだ後は、また誰かに楽しんでいただく。その間だけ自分がお預かりしているのだ。』と。つまり、価値ある芸術的(※)財産を所有すると言うことはそれを守り伝える義務を負うことであると。
運慶の彫刻が合衆国のオークションで個人に落札されたニュースに接してある仏像研究家がこんなことを言っていた。『海外に流出したと騒ぐ人が居るが、別にそれは構わない。ただ、個人で秘蔵し見たいときに見ることが出来ないようでは困る。』と。
私は何人かの作品をお預かりしているが、見たい人にはお見せするし、作者が回顧展その他の必要で貸せと言われれば、歓んでお返しします。とこれが、芸術作品に対する尊敬だと思っている。
このブログの読者!
最終日に会場で、このブログの読者にお会いできた。数少ない読者だが、声をかけて頂いてとても嬉しかった。そして、とても素敵な絵画愛好家!しかも、このブログに写真が載っている!(2008/09/21の記事の中。孔雀荘で村上さんと話している写真、後ろ姿で残念)。どのようにして私のブログに辿り着かれてか聞くと、「村上厚雄」がキーワードとのこと!
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